森重文特別顧問が文化勲章に選出されました
この度、京都大学高等研究院院長で理研iTHEMSの特別顧問でもある森重文さんが、「数学、とりわけ代数幾何学の分野において、代数多様体の極小モデル理論である「森理論」を創造し、数理科学の広範な分野に大きな影響を与える顕著な業績を上げ、斯学の発展に多大な貢献をした」功績を認められ、文化勲章を授与されることになりました。森重文さんのご専門は数学、特に代数幾何学です。当該分野の中心的テーマである「代数多様体の分類問題」における大きな業績により1990年の国際数学者会議でフィールズ賞を受賞された後も、関連領域の研究を精力的に牽引し続けてこられました。
代数多様体とは、大雑把には、代数方程式の解集合として表される幾何学的な対象(の一般化)です。例えば、x2 + y2 = 1という代数方程式の(実数範囲での)零点集合は原点を中心とする単位円ですが、これは代数多様体の一種です。代数多様体を考えることで、代数に関する問題を幾何学の問題に変換することができます。
代数多様体の性質を調べることは代数幾何学の重要な使命ですが、一つ一つの代数多様体について逐一調べていてはきりがありません。そこで、よく似ている代数多様体は同じ「生物種」と見なして、それを「生物図鑑」のように分類しようというのが「代数多様体の分類問題」です。ここで「よく似ている」とは、「双有理変換」と呼ばれる操作によって互いに移りあうことを意味します。双有理変換とは、代数多様体の低次元の部分のみを変形する操作です。双有理変換を行っても、代数多様体のほとんどの部分は変わらないので、この操作でうつりあうものは自然に同じ種類と思うことができます。
では、そのような「生物種」の中で、一体どの「個体」を図鑑の中に代表例として載せるべきでしょうか?こういう時「可能な限りシンプルな代表例」を持ってきたいというのが数学者の考えることです。そのような「可能な限りシンプルな代表例」のことを代数多様体の「極小モデル」と呼びます。
例えば、1次元の代数多様体(曲線)は一般には特異点を持ちますが、双有理変換により、特異点のない曲線に変換できます(そして、同じ「生物種」の中に特異点のない曲線はただ1つしかありません)。これが曲線の場合の極小モデルです。2次元の代数多様体(曲面)も、やはり双有理変換により特異点のない滑らかな曲面に変換できますが、実はこの場合には、同じ「生物種」の中に、特異点のない曲面が無数に存在します。そこで、曲面の中に存在する「(-1)-曲線」と呼ばれる余分な膨らみを次々に潰していくと、それ以上は小さくできない滑らかな曲面に到達します。こうして得られた最も無駄のない曲面、すなわち極小モデルを、「生物種」の代表例とするわけです。
では、3次元以上の、高次元の代数多様体についてはどうでしょうか?この場合にも、双有理変換により特異点のない滑らかな代数多様体に変換できます(これは同じくフィールズ賞受賞者である広中平祐氏の重要な業績です)。しかし、3次元以上の場合には、代数多様体の中の余分な膨らみを潰していく過程で、どうしても特異点が出現してしまうケースを排除できないため、問題がより難しくなります。しかし森さんは「端末特異点」と呼ばれる緩やかな特異点のみを許せば、3次元の代数多様体の極小モデルを構成できることを証明しました。特異点の悪さを最小限に抑えつつ、余分な膨らみを潰し切ることは大変難しいのですが、森さんはそれを可能にする理論を構築したのです。森さんが2次元と3次元の間の分厚い壁を突破したことにより、現在では4次元以上の分類理論も大きく進展しています。また最近では、整数論などへの応用も広がりつつあり、これからもますます目が離せません。
森重文さんの偉大な業績のごく一部をご紹介させていただきました。
森さんの受賞と高次元極小モデル理論の進展をお慶び申し上げるとともに、森理論の更なる進展と数理科学振興へのますますのご活躍をiTHEMS一同祈念しております。
宮﨑弘安
(iTHEMSを代表して)