所属や職名は、取材当時のものです。取材日:2024年7月
現職: 数理創造プログラム 客員研究員
本務先: Professor, Berkeley Center for Theoretical Physics, University of California, Berkeley, USA
(執筆:篠崎菜穂子 ー フリーアナウンサー/ 数学コミュニケーター)

人との出会いが導いた研究者への道

現在は量子重力、宇宙論を専門とし、宇宙物理学を研究している野村さん。研究者を志したきっかけは、人との出会いに大きく影響を受けたものでした。

最初の大きな出会いは、高校時代の物理の先生でした。その先生は非常にユニークで、受験を控えた高校3年生の夏休みに、受験とはあまり関係のない相対性理論や量子力学の集中講義を開きました。この講義に参加した野村さんは、物理学の魅力に引き込まれます。「あの先生との出会いがなければ、今の自分はなかった」と、野村さんは振り返ります。

物理学者を目指して東京大学へ進学した野村さんは、そこで指導教官の柳田勉先生と出会いました。柳田先生を通じて素粒子物理学の魅力に深く触れ、野村さんは「要所要所で素晴らしい出会いに恵まれた」と語ります。

さらに運命的な出会いは続きます。大学院生のとき、研究室にアメリカからポスドク研究員を招く機会がありました。当時の日本では外国人と接する機会は少なく、山手線で外国人を見かけ、英語が聞こえるだけで珍しいと感じる時代でした。その研究員のアテンド役を買って出た野村さんは、彼に東京を案内しながら、移動中や食事の合間にずっと物理について議論を交わしていました。その頃の野村さんはしっかりと勉強をしていたので、物理の知識については少し自信がついてきた時期だったそうです。しかし、彼の話を聞いているうちに、あまりのレベルの違いに愕然とします。このままではいけないと危機感を感じた野村さんは、彼との出会いをきっかけに、猛烈に勉強を始めました。

後になってわかったことですが、その研究員は非常に優秀で、若くしてハーバード大学の教授になるほどの人物でした。当時はインターネットもない時代で、野村さんは彼しか知らなかったため、アメリカには彼のような人物がたくさんいると勘違いし、その勘違いが結果として野村さんを成長させる原動力になりました。今となっては笑い話ですが、「ここでの勘違いがかえって良い結果を生んだ」と野村さんは振り返ります。さらに後日談として、その研究員もまた野村さんの優秀さに関心し、日本の学生は皆このレベルなのかと驚いていたそうです。

その後、野村さんが大学院を卒業してアメリカの大学の職に応募した際、既に教授となっていたその研究員が推薦状を書いてくれました。さらに柳田勉先生や物理学者の村山斉さんなどの推薦もあり、いくつものアメリカの大学からオファーを受けました。こうして、必然的にアメリカに渡ることになったのだそうです。

積極的なアウトリーチ活動に込めた思い

カリフォルニアでの生活も25年目を迎えた野村さん。彼の日常は、大学での講義のほか、会議への参加、研究資金の申請書作成や論文の審査など、多忙を極めています。さらにその合間を縫って自分の研究を進め、学生と議論を交わし、論文を執筆しています。

その一方で、書籍の執筆やさまざまなメディアへの出演など、アウトリーチ活動にも積極的に取り組んでいます。もともと人と話すことが好きだったという野村さんですが、その根底には「より大きな貢献をしたい」という強い思いがあるそうです。野村さんが出演した番組を観て「物理が好きになりました」という嬉しい声が届くこともあります。「次世代の若者がそれで物理や研究の魅力を知ってその道に進んで、将来すごく大きな発見をするかもしれない。そうしたら間接的な貢献ですよね。サイエンスに貢献する方法は研究以外にもたくさんあると思うので、総合的に活動をしていきたい」と野村さんは言います。

それでもやはり野村さんのベースは物理学者。「いろいろなメディアに声をかけてもらえるのも物理学者だから。勘違いしないようにと常に自分に言い聞かせています」と語る野村さん。その謙虚な姿勢があるからこそ、野村さんの思いは多くの人に受け入れられ、影響を与えていくのでしょう。

iTHEMSの滞在で見えた新たなアプローチ

まだまだ研究への情熱を燃やし続ける野村さん。これからのビジョンについて、「やはり量子重力に貢献したい。自分に何ができるかを探して、自分なりの貢献ができればいいなと思う。理論物理はどうしても若い時代に業績を上げることが多い。それを覆せたらいいですね」と語ります。ほかにも、アメリカと日本のコミュニティを繋いだり、日本でも成果を上げたりしたいという思いがあります。

そして、今回のiTHEMSの滞在中に、新たなアイデアが浮かんだと野村さんは言います。理論物理学者の間で長く議論されている「ホログラフィー原理」は、特定の条件下では解明がすすんでいるものの、一般的な状況ではまだ謎が残されています。これまで野村さんは、この原理に対して「ボトムアップアプローチ」、つまり経験的な要素から積み上げる形で取り組んできました。しかし、今回の滞在を通じて、超弦理論などの高次の理論から全体像を見据える「トップダウンアプローチ」を試してみる価値があるのではと考え始めています。「分野は異なりますが、今回の滞在で役に立ちそうだと思えるようなさまざまな新しいアイデアや考えに触れることができました。何が生まれるのかはわからないですけれど、iTHEMSで得た影響により、研究の方向性が少し変わる可能性もあると感じています」と野村さんは語ります。

常に新しいことを学び、挑戦するのがとても楽しいという野村さん。「やってみなければわからない」という信念のもと、さまざまな刺激を受け、野村さんの研究はさらに進んでいきます。

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