理化学研究所 数理創造研究センター(iTHEMS)は、数学や理論科学を基盤に、自然、生命、社会、情報といった多様な分野を横断し、新たな知と価値を創造する拠点です。

私たちは、宇宙の起源から生命の仕組みなどの根源的な未知の問題解決に挑み、社会現象のダイナミクス、AIや量子技術まで、現代社会が直面する複雑な課題にも数理の視点から挑みます。一見、すぐに役に立たないように見える基礎研究が、100年後の社会を支える可能性があることは、歴史が何度も証明しています。私たちの暮らしは、100年前には想像もつかなかった技術や理論によって形作られており、今の研究がどんな未来につながるかは、誰にも分かりません。基礎科学を深く掘り下げながら、分野の枠を超えて人と知が交差することで、思いもよらぬ発見や革新を生み出す場、それがiTHEMS (Center for Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences)です。

数理科学を軸に分野横断研究を展開

科学技術の進展によって、私たちはこれまでにない規模と複雑さを持つ現象に向き合うようになりました。気候変動や感染症、経済システム、AIや量子情報科学など、いずれも単一の分野だけでは捉えきれない課題です。こうした課題に対処するには、物理学・生命科学・社会科学・情報科学など、異なる分野の知見を「つなぐ」視点が不可欠です。そこで鍵となるのが数理科学です。相対性理論がGPSの精度向上に不可欠であるように、基礎科学の成果が実社会に応用されるには長い時間がかかることもあります。だからこそ、応用を目的としない、「純粋な探究心」に基づく研究の価値そのものが、ますます高まっています。

ジョン・フォン・ノイマンは、20世紀を代表する数学者であり、同時に物理学者、工学者、情報科学の先駆者でもありました。コンピュータの基本原理であるノイマン型アーキテクチャを確立し、量子統計力学、社会経済学、気象予測など幅広い分野に革新的な貢献を果たしました。彼は自然や社会の現象から新たな数学を生み出すことこそが、数理科学の使命だと考えました。iTHEMSはその精神を受け継ぎ、現実世界の複雑な課題に向き合いながら、純粋な探究心を持って、新しい数理の創造に挑戦しています。

iTHEMSの組織と進化

2025年4月、iTHEMSはこれまでのプログラムから理研のセンターへと進化し、より多層的な組織となりました。数学、物理学や生物学など基礎科学の探究を核にして、社会課題や未来技術への展開も視野に入れた部門体制を構築しています。これらの部門の連携が生む知の創造が、センター化したiTHEMSの新たな魅力です。

数理基礎部門 (SUURI ENGINE)

iTHEMSの中核をなす部門で、数学・物理学・化学・生命科学・計算科学・情報科学など多様な分野の数理研究者が日常的に交流し、宇宙、物質、生命といった根源的な問いに挑みます。このunder-one-roofの環境が、分野を超えた知的化学反応を生み出します。また純粋数学の分野では、抽象的構造や普遍的原理の探究が、理論の深化だけでなく他分野への思いがけない波及効果をもたらしています。

数理展開部門 (SUURI WING)

基礎科学の知を社会課題や未来技術へと展開する部門です。基礎研究で培った数理科学の知の集積を、AI for Science、量子コンピュータ、応用数学、医科学、予測科学、数理社会学など人類社会の課題へと展開し、未来志向の挑戦を進めています。

国内外連携・人材育成部門 (SUURI COOL)

京大、九大、KEK、東大、東北大などに国内サテライトを設置し、大学等との研究連携と若手人材育成を推進、さらに、RIKEN-Berkeley Centerなど海外拠点との連携を強化し、グローバルな頭脳環流を進めます。

社会連携部門 (SUURI CONNECT)

産学連携やアウトリーチ活動を通じ、社会とつながる窓口となる部門です。数理科学の魅力と社会的意義を広く発信します。企業との協働による新たな価値創造にも取り組んでいます。

顔の見える交流で異分野連携を促進

分野を超えた研究者の連携は、すぐにできるものではありません。それぞれの専門分野で話されている言葉は、時として違う言語で話しているのではと思うほど難解に聞こえることがあり、連携を阻む障壁となってしまいます。

このような壁を乗り越えるには、研究者同士が日常的に顔を合わせ、お互いの研究についてわかりやすい言葉で語り合える場が必要です。そのような場をつくる取り組みの1つが、毎週金曜日に開催しているコーヒーミーティングです。コーヒーミーティングでは、冒頭に15分程度、話題提供のプレゼンテーションを行い、その後は、研究者同士が自由に交流します。たくさんの研究者が一堂に会することで、自分の研究をわかりやすい言葉で説明し合います。お互いに相手の研究内容を理解し合うことで、自分の興味も広がり、共同研究へと発展することもあるでしょう。

数理科学は、ただ知識を積み上げるだけでなく、人類の知的遺産として未来を形作る種をまく営みです。研究の“今”と“100年後”をつなぐ橋として、基礎科学の価値を信じ貢献していくことは、未来社会への最大の責任の一つでもあります。iTHEMSは、数理科学を軸に、分野や組織、国境を超えて人と知をつなぎ、新たな価値を創造し続けます。それは、未来社会をより良くデザインするための挑戦でもあります。iTHEMSからどのような科学が生まれてくるのか、注目していてください。