たくさんの研究者の力で難しい問題を乗り越える新ワークショップ開催
2021年11月にiTHEMSでワークショップが開催されました。運営したのは3人の若手研究者で、雑談の中から自発的に生まれたものです。このワークショップはどのように誕生し、iTHEMSの研究者にどのような影響を与えたのでしょうか。
所属や職名は、取材当時のものです。取材日:2021年11月
(執筆・撮影:荒舩良孝/科学ライター)
未解決問題を俎上に載せる
65インチの大きなモニターの前に集まり、ときおり、数式を書きながら議論する。別の部屋では京都にいる研究者とオンラインで話し合う。新型コロナウイルスの感染が落ち着きを見せた2021年11月24日から26日の3日間、iTHEMSで「Super Smash Program Workshop(SSP WS)」と呼ばれるイベントが開催された。
1日目に実施された最初のセッションでは、Smasherと呼ばれる5人の研究者が1人ずつ、日々の研究で解決法の見つからない問題をプレゼンテーションした。量子力学とも隣接する数学の問題、強化学習の自己対戦に関する問題、宇宙に存在する乱流の問題などバラエティに富んでいる。
「iTHEMSでは、4つのセルを大きな核として研究者が議論しています。今回は、この4つのセルがカバーしている研究領域からなるべく均等に問題が出題されるようにしました」とオーガナイザーの1人である宮﨑弘安さん。
まず、やってみよう
ワークショップの運営にあたるオーガナイザーは宮﨑さんと三上渓太さん、入谷亮介さんの3人。2021年9月に宮﨑さんと三上さんが参加した科学技術振興機構(JST)の数学領域未解決問題ワークショップの話を雑談の中で入谷さんにしたことがSSP WSの開催につながったという。
JSTのワークショップは若手数学者の交流を目的に開催されたものだ。参加者の持ち寄った問題について議論することで、お互いに打ち解け合い、仲よくなる。数理科学をキーワードに、数学、物理学、生物学など様々な分野の研究者が集まるiTHEMSでも、同じようなワークショップを開催すればきっと盛り上がるだろうと話が膨らんでいった。
「こういうことは先延ばしにすると立ち消えになってしまうので、プロトタイプでもいいのでまずは1回やってみようということで、2か月後の11月に開催することを決めたのです」(宮﨑さん)
iTHENS副プログラムディレクターで、JSTのワークショップにも関わっている数学者の坪井俊さんは「自分の考えてきた問題を人に説明し、他の視点からの意見を言いあえる機会はなかなかありません。このような輪が広がっていくのはいいことだし、iTHEMSはこういうことをやるためにあると思っています」と、若手研究者の自発的な動きを歓迎した。
久々の議論に充実感
5人のSmasherのプレゼンテーションが終わると、参加者は問題ごとに分かれ、議論が始まった。出入りは自由。途中参加もできるし、別の問題が話し合われている部屋に行ってもいい。感染防止の観点から、問題ごとに話し合う部屋を分け、定員を設定しているが、インターネットを介してオンラインからも参加できる。2人でじっくりと話している部屋もあれば、オンラインの参加者も交えて意見交換する部屋もあった。3日間の会期中、現地とオンラインであわせて20名以上の研究者が参加し、5つの問題について議論を深めた。Smasherとして参加した研究者は「参加して楽しかった」と口々に言う。
「宮﨑さんをはじめ、他の人と話すことで、1人では難しかった問題を解くための糸口を見つけました」(ドン・ウォレンさん)
「ふだんは数式をあまり使わないのですが、専門の方が教えてくださり、とても役に立ちました」(辻直美さん)
大きな収穫があったものの、専門外の人たちに自分の研究について説明する難しさを感じることもあった。
「数学の研究者からは『強化学習ではルールが決まっているから解は存在するでしょう』と言われることもありましたが、私は数学的に解が存在するかを知りたいのではなく、具体的な解をどうやって探せばいいのかを知りたかったのです。その問題意識を理解してもらうのに時間がかかりました」(田中章詞さん)
感染症の影響で、iTHEMSでもこの2年間はリモートワークが中心で、研究者同士が集まり話をする機会がほとんどなかった。オンライン参加もあったが、直接顔を合わせて研究について思う存分話をする機会となり、ほとんどの参加者は充実した時間を過ごしたようだった。
同僚に声をかけやすい雰囲気に
入谷さんはこのワークショップのもう1つ狙いをこのように語る。「リモートワークが中心だと、職場内で友だちがあまりできず、共同研究を始めるのも難しくなります。この会を通じてたくさんの人たちが友だちになれば、そこから何か生まれるのではないかと考えています」
この狙いは成功し、甘中一輝さんは「iTHEMSに来て1年弱経ち、初めてこういう機会を得ました。数学以外の研究者の人とお互いに教え合いながら議論することで、他の分野の研究者がどういうところに興味があるのかわかり、刺激的でした」と語る。
会場とオンラインとを組み合わせたハイブリッド形式のSSP WSは、iTHEMSの研究員にとっても久しぶりに対面でしっかりと議論する機会だった。参加者からは「対面でしっかりと議論するだけでも楽しい」、「久しぶりに人ときちんと議論したと思う。これが本当の研究だったと感じた」といった意見も聞かれた。
宮﨑さんは「それぞれの問題でたくさんの議論が交わされ、かなり進展した問題もあったようで、ほっとしました」と満足そうな表情を浮かべると、「運営している私たちも、問題を解いていて楽しかったです。他の人も同じような気持ちで楽しんでくれたのではないかと思います」と三上さんが続けた。
入谷さんは「このワークショップを通して、同僚の研究者のことをよりよく知ることができ、人物像に厚みができました。お互いに話しやすくなったのではないでしょうか」とiTHEMSにもたらした効能を語った。
SSP WSの議論が直接的に論文や共同研究に結びつかなかったとしても、お互いの興味、関心を理解し合うことにより、新たなコラボレーションが生まれるかもしれない。1人1人の研究者が活動的になれる雰囲気をつくることが、研究組織全体を活性化する。このワークショップは、研究者に交流の大切さを再認識させたとともに、新たな研究を芽吹かせる土壌となるだろう。
(写真は、2021年11月24日〜26日に神戸理研で行われたワークショップの様子)