研究者であり続けるために
辰馬 未沙子
(数理創造プログラム 研究員)
惑星はどのようなプロセスを経て形成されるのだろうか?——その答えを理論的に導き出すことを、辰馬 未沙子 研究員は目指しています。辰馬研究員は自身を「優柔不断なところもありますが、基本的には完璧主義」と評し、「どういう戦略を取ればよいかを考えて動く」と語ります。それは、研究はもちろん、プライベートライフにおいても当てはまります。その戦略とはどのようなものなのでしょうか。
キーワード: 惑星形成論、ダスト、ダスト集合体、物質強度、ワークライフバランス
所属や職名は、取材当時のものです。取材日:2024年7月
(執筆:鈴木志乃(フォトンクリエイト)/ 撮影:及川 誠(写真家))
研究者として生きたい
この取材はオンラインで行われました。辰馬未沙子さんは自宅から接続しています。「iTHEMSの研究員募集要項には、『在宅勤務が可能』と明記されていました。その一文は、応募する上で大きな決め手となりました」といいます。その理由を理解するには、辰馬さんのこれまでの歩みを紹介する必要があります。
辰馬さんは小学生のころから「物理ってかっこいいな、物理をやりたいな」と思っていました。そして大学1年生のときに惑星形成論の講義を受け、「面白い! 理論研究をやりたい」と天文学科に進学。その後、大学院に進み、惑星形成の理論研究を始めました。
ただし、修士課程の途中で1年間、デンマークのコペンハーゲン大学に留学しています。その理由について、「専門的な研究を本格的に始める前に少し立ち止まり、今後の進路についてじっくり考えたかったのです」と語ります。留学先では、一度就職した後に大学に戻ってきた人など、年齢もバックグラウンドもさまざまな人がいることに驚き、刺激を受けました。その後、企業でのインターンも経験しましたが、最終的には博士課程に進むことを決めました。
その理由はいくつかありましたが、まず、取り組み始めた惑星形成におけるダスト粒子のシミュレーションが面白くなり、もっと続けたいと思ったから。もう一つの理由は、結婚し、研究者であるパートナーを見ていて「自分も研究者として生きたい」と思ったからです。
博士課程在籍中に子どもを産む!
研究者として生きると決めた辰馬研究員は、これからのライフプランをパートナーと一緒に考えました。パートナーは、共同研究も行っている国立天文台の片岡章雅さんです。「研究の世界の厳しさを知る人から背中を押してもらえたのは、心強かったですね。戦略的に動くことが重要だとも学びました」
最も悩んだのは「いつ出産するか」ということでした。博士課程修了後、多くの場合はポスドクとして、任期が数年の職を渡り歩くことになります。その中でタイミングよく出産し、育児休暇を取るのは簡単ではありません。「博士課程の間は学生なので、産休や育休の制度はありませんが、休学はできます。さらに、研究室がある国立天文台には保育ルームがあり、大学院生でも子どもを預けられることが分かりました。こんな恵まれた環境は、ポスドクでは得られないかもしれません。博士課程のうちに産もう! そう決めました」
博士課程在籍中に2人の子どもを出産。辰馬さんは、当時を思い出しながらこう語ります。「同期の人たちはどんどん研究を進めているのに、私はつわりが重く、妊娠中から研究活動が停滞していました。不安も焦りもありましたが、できることを最大限やるしかありません」
時間を見つけて研究を進め、博士論文「Material Strength of Dust Aggregates in Planet Formation(惑星形成におけるダスト集合体の物質強度)」をまとめ上げました。惑星のもとは、宇宙を漂う0.1µmサイズのダスト(固体微粒子)です。ダスト粒子は分子間力などによって付着しながら成長していきます。そうして形成されるダスト集合体を引っ張ったり圧縮したりしたときの強度をシミュレーションで求めてモデル化し、彗星や小惑星の強度と比較することで、ダスト集合体がkmサイズの微惑星へと成長していく過程を明らかにしようとしたものです。微惑星は衝突と合体を繰り返して成長し、惑星が誕生します。彗星や小惑星は惑星になれなかった微惑星の生き残りであると考えられており、探査によってその強度などが調べられています。
この博士論文は、東京大学大学院理学系研究科の研究奨励賞と、国際天文学連合(IAU)の博士賞次点に選ばれました。「私の研究は、王道的ではなく、ニッチなところを攻めています。ダスト集合体の強度という視点は私独自のものであり、惑星形成を理解するために重要な研究だと確信していますが、評価されにくいだろうと思っていました。その研究が認められ、うれしかったです」と辰馬さんは笑顔を見せます。
多様な理論研究者の中で広くアンテナを張って
辰馬さんは、2回の出産のためにそれぞれ半年間休学し、4年かけて博士課程を修了。その後、東京工業大学での日本学術振興会特別研究員を経て、2023年10月からiTHEMS研究員に。「実は今、惑星形成論は見直しを迫られています。iTHEMSという理論研究者にとって最高の環境で、ダスト集合体の強度という私独自の視点から惑星形成過程を明らかにしていきたい」と力強く語ります。
最近では、惑星がつくられる現場である原始惑星系円盤が太陽系外にたくさん観測され、ダスト集合体についてもデータが得られています。それによれば、0.1µmサイズのダスト粒子が集まってmmサイズの密なダスト集合体となり、それがさらに集まってより大きな集合体になっていることが示唆されています。
「ダスト集合体が階層的になっていると考えられているのです。mmサイズの密なダスト集合体は、小石を意味するペブルと呼ばれています。まずはペブルがどのように形成されるのか、またそのペブル集合体の強度や振る舞いをシミュレーションで求め、モデル化することに取り組んでいきたいと思っています。微惑星はペブル集合体で説明できるのではないかと考えており、そうしたアプローチによって、新しい惑星形成論を導き出せるかもしれません」と辰馬さんは展望します。
iTHEMSに来て1年。辰馬さんは、「理論研究者がたくさん集まっていて、しかも分野が多様なので、コーヒーミーティングなどに参加するたび、そういう視点があるんだ!と、発見がたくさんあります。今は広くアンテナを張って、この手法はいつか使えそうだな、などと情報や知識を集めているところです」と語ります。
周りの皆さんに伝えたいこと
「iTHEMSでは、一人一人の研究スタイルを重視してくれます。それがとてもありがたい」と辰馬さん。「理論研究は、パソコンがあれば場所を選ばず、どこででもできます。私は、在宅勤務を多く利用しています。子どもがまだ小さいのでいつも時間に追われていますが、在宅勤務ならば通勤時間を研究に使えますし、子どもの急な病気にも対応できます。在宅勤務ができなかったら、子育てが一段落するまで研究を中断しなければならなかったかもしれません」
辰馬さんが2人目の子どもを出産したのは、コロナ禍の最中でした。当時、学会や研究会はオンライン開催になっていました。「以前は、現地に行けなければ、参加を諦めざるをえませんでした。オンライン参加という選択肢があったおかげで、子どもを連れて出張したりしなくても学会や研究会に参加できるようになり、とても助かりました。最近ではオンライン参加が可能な学会や研究会が少なくなっているようですが、ぜひその選択肢は残していただきたいと思います」
辰馬さんは、妊娠・出産・育児においてどういう問題に直面し、どれほど苦労しているかを、機会があるたびに発信しています [1]。「見えにくいことだからこそ、当事者だけでなく周りの皆さんにもきちんと伝える必要があると思うのです。まずは知ってもらい、そして理解してもらうことで、育児などを理由に諦めることなく、研究を続けていける人が増えていくのではないでしょうか」と、穏やかに、でも力強く語ります。
一方で、「研究者として生き残っていけるのか、今でも不安」と、つぶやきます。「インパクトのある論文をバンバン出すというのも、研究者として生き残るための戦略です。でも、私には合いません。地味だけれども重要なこと。そういう私独自の視点で私にしかできない研究を行い、また研究できる場を広げるために教育経験も積む。そうした戦略で、研究者として生き残っていきたいと考えています」